2015-10-03から1日間の記事一覧

乗代雄介 「十七八より」 【B+】

一文への執着を感じさせ、なかなかの密度だと思う。もちろん読了するのに私は疲れたが、悪くない疲労感、徒労感ではなく、充足している。同僚らに純文学をどんどん薦めている私ですら、薦めたくないような閉塞性の高い作風ではある。もう少し文章そしてプロ…

前田隆壱 「朝霧のテラ」 【B−】 

デビュー作を物語として比較的楽しく読んだ印象があり、2作目。物語がアフリカから縮小してしまったことがここまで影響するとは。文章が平易で捉え方を悪くすると味気が薄い分、かなり物語内の題材に準拠している印象。これは毀誉褒貶半ばしたものであり、物…

筒井康隆 「モナドの領域」 【B+】

傑作ではなく遺作に感じた。この後もし再び別の作品が書かれるのなら、この作品に感じた最期ならではの一回性の感慨は薄れてしまうだろう。しかしこの作家なら良い意味で遣りかねない。是非裏切って大長編を書いて欲しい。文章は言うまでもなく確かだが、話…

高橋弘希 「朝顔の日」 【B+】

戦時中の国内状況を記録からそのままなぞり上げた様な既視感はあるが、きちんとなぞる力があるだけでも現代作家の中では評価されるべき。もっと書かれる現在ならではの工夫なり冒険なりがあったら、より退屈せずに読めた。それは遊び心でも良かっただろう。…

海猫沢めろん 「キッズ・ファイヤー・ドットコム」 【B】

最初から突っ走って行く印象で、以前この作家の作品を読んだ際はかなり早い所でガス欠していた印象だが、今回は後半まで読まされた。途中で色々とチャンネルを変える等の工夫がなされたことも一因だろう。やはり終盤近くからはダレてきた印象だが、もう少し…

松波太郎 「ホモサピエンスの瞬間」 【A−】

緩急を保ちながら、個人の体内から国の歴史をこのサイズに収めているのは凄い。「瞬間」が歴史を断絶するシーンが切ない。鍼灸は他の作品でもよく目にするが、ここまで小説に馴染ませたのも初めてでは。この作家の特徴だったろうユーモアが薄いことが残念だ…

木村紅美 「八月の息子」 【B−】

文章はしっかりしている割に、ぼやぼやした読後感の作品。もう少し書き込んでもよかったのでは。何となく腰が落ち着かぬままに場面が移動して行った印象。サニーデイサービスの楽曲を引用したタイトルだったとしたら、もう少し文章から音楽を感じたかった。

岩井秀人 「俳優してみませんか講座」 【B】

演劇の人らしく文章に勢いがあるし、演劇という見様によっては狭い世界を広げてみせることに成功している気がするが、やはりその文章の精度や描写の力には改善の余地がある印象。情景がうまく伝わってこない。ここに他の多くの作家との差がある気が。

村田沙耶香 「消滅世界」 【B】

架空の設定に描写は途中までは拮抗していたように感じるが、やはり後半は無理を感じた。説明になりすぎているように感じたせいか。描写が足りないという印象ではないのだが、おそらくもう少し作家の中で噛み砕く必要があったのでは。

金子薫 「鳥打ちも夜更けには」 【B+】

この作家の作風に免疫がないせいか、序盤はかなり退屈に感じたが、それでも文章の緩急の妙さはクセになり、どんどん呑まれていった。寓話の情緒に流れすぎずに、もっとシンプルでも良さは出る気が。

星野智幸 「夜は終わらない」 【B+】

全体としては面白く読めた印象だが、読んでいる最中はそんなに面白くなかった。ミステリー仕立ての要素がありつつそそられないというのは、この作者が手法にかなり自覚的なのだろうが、私としてはもう少し普通に面白がりたかった。千夜一夜物語を引き合いに…

三輪太郎 「憂国者たち」 【B+】

面白く読んだ。固有名詞を憚らぬ作品からして賛否を呼びそうな作品だが、その固有名詞をおいてもきちんと文章を以て書き尽くされている。リアリティーもあると思う。しかしこのリアリティーを出すためのこの詰まった感じが、一般読者を、固有名詞の認知の問…

谷崎由依 「幼なじみ」 【C+】

文章がやはり巧く雰囲気ももっているが、かなり古臭く感じてしまう。文壇受けはしそうな古臭さだが、あえて今著されるべきものには感じない。以前よりプロットを重視しているように所感し、それが終盤は文章の足を引っ張っているよう。

羽田圭介 「スクラップ・アンド・ビルド」 【B】

ネタ集めにやや奔走している感。かつてほど題材をうまく裁ききれていないし、文章もかつてはもっと緻密で硬質だった。この少し弛緩した形が大向こうを唸らせることにもなるかもしれぬが、かつてのこの作家の良さを知る分、勿体無い。

川上未映子「苺ジャムから苺をひけば」【A−】

この作家の初期作品の詩情の切れ味に惹かれたために、近年の長篇作品の語りなどには凡庸さを感じてあまり評価できていなかったが、この作品は良かった。初期・中期を経て、このような題材の作品に行き着いた道筋も見えた。両方の時期の読者を満足させられる…

滝口悠生 「ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス」 【B】

前半の強度に比べると、だんだんと長たらしく感じてしまった。とっちらかっている印象があり、それを記憶という事象に落とし込むのにはもう一工夫必要だったのでは。記憶を描く前半の文章は巧く感じたので残念。

青木淳悟 「匿名芸術家」 【B+】

射程範囲の狭い作品のように所感。ゆえに他人に推薦できる作品ではないが、デビュー作から現在に至るまでの作品をとばしとばし一応読んで来ている私にとっては、胸に来る部分もあった。これはこの作家の作風には珍しい事であり、切実さとも言えよう。